電気街とのつながり

1.関西在住時代

僕は、パソコンのハードウェアに興味があって、しかも自作していたことから、パーツを見たり買ったりするために電気街へ行ったものです。また、大阪府出身であり、勤務地も滋賀県守山市ならびに大阪府堺市であったので、休みの日に電気街へ出かけるとすれば、言うまでもなく大阪日本橋というのがお決まりでした。当時の電気街は、パソコンをオーダーメイドで注文するスタイルが定着しつつあり、自作用にパーツ類を売っている店も結構ありました。
ただ、2001年まではブロードバンド回線がほとんど無くダイヤルアップで接続していました。そのたびに、毎月の電話代におびえていたものです。
もちろん、ADSLにしてブロードバンドデビューを果たしてからは、料金が定額ですからやりたい放題です。そうなると、情報をネットで入手しては日本橋へ行って買い出すというスタイルになったわけです。

大阪日本橋でんでんタウン2.まだまだ「男の街」的な大阪日本橋

一方、大阪日本橋においてアニメ関連はといえば、南海難波駅東部の一帯に数店ある程度で、メインストリートであるでんでんタウンには、むしろDVDショップが進出していたのです。それゆえに、大阪日本橋東京秋葉原ほど「オタクの街」と言うにはほど遠く、客層も圧倒的に男性が多かったです。
2005年になっても、アニメ・メイド店舗は南海難波駅東部が中心で、難波と日本橋で完全に棲み分けができたのかな、と思うほどです(2011年正月に久々に行ってみましたが、ほとんど変わっていないようです)。でもって、当時の僕はメイド喫茶があることは知っていましたが、全く興味を示していませんでした。
当時の僕に今のことを話すと、おそらく腰を抜かすのではないかと思います。
ちょっとこぼれ話
もし大阪で「萌え」を体験するなら、南海難波駅東部(一部の優良メイド店は、でんでんタウンのメインストリートより東側にあります)へ行くことをおすすめします。但し、メイド喫茶類似のキャバクラ店まがいの悪質店のチラシ配り等がいるので、行く前に下調べをした上で、現地ではチラシ配りの相手は「絶対にしないように」して下さい。ネットカフェでんでんタウンのメインストリートには無くメインストリートのはずれや、なんさん通りに行かないと無いようです。

秋葉原歩行者天国3.ついに東京秋葉原へ

2006年4月、今までの仕事を辞めました。そして、前職の仕事の関係で東京へ行った時に、用事が予想以上に進んで、大阪へ戻るまで時間が半日以上あったので、秋葉原へ行くことにしました。今までであれば、パソコン関連の店を回って食事は決まって「九州じゃんがららあめん」秋葉原本店、というのが定番でした。
というのも、関西在住の時に数回、東京へ行った際、秋葉原に寄ると決まってこのパターンだったからです。しかし、昼食も夕食もラーメンではさすがに食傷するので、ラーメンは夕食にするとして、昼食をどうするかを考えました。
その時に僕は、「そう言えば、メイド喫茶があるナァ。どういうところかな? でもって、どこにしようかな?」と思ったのです。しかし、秋葉原は聖地です店数は多いので迷ってしまいます。その時、C店(←現在は閉店している。また、このページにおいてはこの表記で通す)のチラシを手にし、行ったのです。
見方が変わりましたよ。嬉しかったですよ。なにしろ、今まで異性と話すことなど皆無に等しかったのですから。これが萌え始めでした。今に至るきっかけがここにあったのです。もし、関西にいたままだったら、異性と話す機会は二度となかったと言っても過言ではなかったと言えます。

4.千葉県東総に移住して秋葉原通いが始まる

2007年になり、前職の仕事に定着した頃、成田まで自動車で行き、そこから電車で東京へ行けば問題ないことが分かったので、月1~3回は秋葉原へ行くことになりました。それが始まったのが6月です。その頃になると、もっぱら目的は完全に、「メイド喫茶へ行くこと」が主目的になり、パソコン関係は行きついでになっていました。
そして、昨年に行ったC店に行くようになりました。はじめの頃は、メイドさんに顔を覚えてもらえるように必死になっており不器用ながら話をするように心がけたものです。すると、3~4回目には心がけたことが結果として、僕のことを覚えてくれていたのです。「お久しぶりです。」と。嬉しかったです。
こうして、回数が少ないながらも常連へのステップを進めていったわけです。

Maidcafe Pinafore First Order5.秋葉原へ行き始めて2年 はじめてメイドカフェぴなふぉあへ行く

C店の常連になって約2年になろうとする2009年4月11日1つの店だけ行ってはどうだろうか、という疑問が起こるようになり、どこにしようかと思案していた時に、テレビ出演しているメイドさんがいるとの情報を聞いて(それが誰であるかは知っている方が多いと思うので、ここでは言及しない)、その本人が給仕しているという、メイドカフェぴなふぉあへ行ったのです。
ただ、当時はC店とのつながりが深かったため、ぴなへ行くのは数ヶ月に1回と、たまに行く程度でした。今のようになるとは予想もしなかったことです。

秋葉原日加石油ビル6.そして… ぴなの常連になる

その状況に変化が訪れたのは2010年のことです。C店では昨年11月に顔見知りのメイドさんがほとんどいなくなり、新しいメイドさんとは、話が合わなくなってきていたのです。さらに、いつも相手にしていたメイドさんが春頃からほとんど給仕しなくなった(2011年8月に卒業)ことが、より距離感を感じさせるようになったのです。
2010年6月。「そう言えば、ぴなって最近3号店が出来たんだっけ。もし、今日ダメだったら30~40分で切り上げて、ぴな3号店へ行こう。」と思ったのです。
まず、C店に行きましたが、前述の有様は変わらず、失望しました。こうして、気持ちが沈んだ状況で早々切り上げたその足で、ぴな3号店へ行ったのです。どうかな、という不安感も混じっていました。
そして、入ると「ご主人様のご帰宅です。」「お帰りなさいませ、ご主人様。
メイドさんの飛び抜けて明るいこの言葉。これを聞いた時は、正直言って、嬉しさのあまり涙が出かかりました。これが、ぴなの常連への第一歩だったのです。しかも1回は3号店深夜営業日だったのです。もちろん、ぴな3号店のオリジナルシャカシャカカクテルも頼みましたよ。ついでにチェキも頼んでしまいました。よほど嬉しかったのでしょう(←自分で言うのもナンだが)。
そうした中、2010年7月16日の夜、C店に別れを告げ、約3年間の常連歴に幕を下ろしたのです。
そして、その時。2010年7月17日成田スカイアクセス開業日。この日にぴなの常連歴の序章が始まったのです。この日は原点回帰の意味を込めて1号店へ行きました。意外だったのは、その時のメイドさんが僕のことを覚えてくれていたことでした。やはり、好印象を与えるように努めたかいがあったのでしょう。

7.ぴな常連になって、こうなった

ぴなは、メイドさん毎にオリジナルカクテル(オリカク)があり、僕はたいてい、頼んでいます。でもって、ぴなのメイドさんは、ほとんどブログを持っているそうで、これがきっかけで今までホームページしか持っていなかった僕も、2010年9月からはブログを始めるようになったのです。さらに、ホームページも貧弱なテキストベースの内容から、見栄えの良いものに変えました。11月からは自分をPRするアイテムとして、パーソナル名刺を持つようになりました。
これらは、ぴなの常連にならなかったら絶対やっていなかったことです。
さらに、2010年10月にはオフ会にはじめて参加し、2011年になってからは、みんなではありませんが、メイドさんの卒業式に参列するようになりました。もっとも、筋金入りの常連さんには及びませんが。

8.2011年夏、大阪日本橋ではじめてメイド喫茶へ

関西在住の時には一度も行かなかったメイド喫茶。2011年になって約5年ぶりに大阪日本橋へ行きました。新年に行った時は時間が無くて、通り過ぎた程度でしたが、7月に帰郷した時は十分時間があったので、ぜひとも行ってみようと思い、でんでんタウンの東側にある、mel cafe に行きました。メイド喫茶にしては珍しく、ガラスの自動ドアです。これはサプライズでしょうか。しかし、それ以上にサプライズなのは、はじめてであるにもかかわらず、かなり話しかけてくれた事です。それはそれは、すごく嬉しかったですよ。1時間足らずの滞在でしたが、印象に残るひとときでした。なぜ、あるメイドさんが「ずっとずっと残って欲しいメイド喫茶」と言ったのか、分かりますよ

池袋ロサ会館9.アイドルライブに重心が移り、メイド喫茶と離れ始める

2011年8月には、メイドさんがアイドルとして活躍しているライブにも顔を出しました。そう、あの「めろでぃー・リアン」です。毎週金曜日の夜にぴな3号店奥の「ぴなスタ」にてライブを行なっています。毎週ではありませんが、顔を出していました。
一方、アメブロではアイドルとのつながりが増えて、ライブに顔を出すことが増えました。また、今の仕事を始めてからは、めろでぃー・リアンのライブはおろか、ぴなへ行くことも困難になり、秋葉原へ行く頻度も下がりました。
アイドルライブは秋葉原で行われることもありますが、多くが渋谷・新宿・池袋なので、なおさら秋葉原とは疎遠になってしまいます。しかも、ライブはアイドルたちと交流できるということもあり、メイド喫茶の時の魅力がくすんでしまったのです。僕の拠点が高田馬場なので、場所的な理由も秋葉原を疎遠にした要因と思われます。

10.そして今は…

確かに、秋葉原とは疎遠になっていますが、東京都内にいるので全く縁が切れたわけではありません。それでも、家電量販店なら新宿や池袋に行くことが多いため、秋葉原へ行く頻度は少なくなっています。秋葉原へ行くとすれば、安いパソコン部品などの買い出しが目的になっています。元に戻ったのですかね?